5.父とのエピソード

 

 そんな父と二人で韓国旅行に行ったことがある。父とは小さい頃からなじめない感じがあった。二人で旅行をしたのは後にも先にもこの一度だけである。

 

 正確にいえばKさん夫婦も一緒で、合わせて4人の旅だった。父の東大の先輩であるKさんが韓国の昔の大統領の子孫ということで普通の旅行では行けない所を案内してもらえるということだった。私が20代の終わりころだったと思う。

 

 泊まったホテルは、昔、迎賓館として使われていたらしいという立派な建物だった。父と二人で最上階のスイートルームに案内された。一緒に行ったKさんがリザーブしておいてくれたのだ。父と二人ではもったいないほど広い。スイートルームなんて初めてだったので、端から端までドアを開けて見た。

 

 「Kさんて、どんな人なの」

 

 

  「韓国の大統領だった人が、奥さんの親戚らしいよ。東大卒と言う縁でよく飲むようになったが、詳しくは分からない。いつも自慢話を聞かされる。」

 

 

  「まあいいか。こんなすごいホテルに泊まるのだから。それより、じゃーん!ヘネシーだよ」夜の便で着いたので、日本を発つ前に免税店で買っておいたヘネシーを開け、夜景を見ながら二人で飲み始めた。

 

 

  「折角韓国に来たのだから韓国の歴史を話して上げよう」と、父は年表を読むように、日本が朝鮮を侵略した時代のことを話し始め、飲みながら歴史の授業を受けているようだった。父はすごいなと何度も思わされたのも事実である。

 

  しかし、Kさんの本当の狙いは韓国の不動産がらみの利殖話だった。ソウルオリンピックが決まったころで、マンションが値上がりするということだった。韓国では韓国の人と共同でないと不動産を購入することができないという決まりがあるそうだ。共同名義はこちらが全額負担の購入しても売るときは共同の人の同意がないと簡単に売れないということだろう。何だかうさんくさい。だからこんな贅沢な旅行に招待されたのだと思った。

 

  日本に戻ってから母と反対して事なきを得た。

 

 

  父はプライドの高い人だったので、一旦こうと思い込むと人の話を聞き入れないところがあった。唯一の身内であるお兄さんが保護者のような存在で、父に意見の出来る人はそのおじさん夫婦だけだった。温厚で映画の編集の仕事をしていた。

 

 

  親戚付き合いの少ない中、おじの家には小さい頃からよく連れていかれた。そこには、二人の7つ違いのお兄ちゃんたちがおり、私はその7つ下だった。二人とも面倒見がよく、特に下のお兄ちゃんはよく遊んでくれた。兄弟のいない私にとっては大家族になれる唯一の場所だった。

 

  

  おばはどんなに苦しくとも、専業主婦を貫き通して、二人の息子を大学まで出した主婦のかがみのような人だ。とても奇麗な人で、私はおばの作る料理がおいしくて大好きだった。泊まりにいくと、よく一緒に寝た。○○子は温かくて湯たんぽみたいだよ。と言って抱きしめてくれた。母からはされたことのないスキンシップの温もりだったことを覚えている。

 

  

  しかし、母は自分とは全くタイプの違うおばを敵対視していたようだ。そのことで両親がよく喧嘩をしていたのを子供心に覚えている。