15.手術成功

 

   手術は成功した。こういう時、父は勝負強い。だがまだ頭にチューブをつけ、残りの血を取っている状態だ。父は気になるのか、しきりに手を動かし左側のチューブを取りたがる。取ったら大変なことになるらしく、危ないので手を縛られてしまった。それをどう解釈したのか、

 

 

 「ぼくの周りにたくさんの看護師が来て、両手を縛りつけられて、夜中に寝かせてもらえない。まるで拷問だ。すぐ医師会の方に連絡しないと。ぼくだけ変な部屋に連れて行かれて、寝ようとすると頭を叩かれる」

 

 

 「そんなはずないでしょ。手術した頭なんか叩くわけがないでしょ。皆やさしい看護師さんばかりなのに。何を言い出すのよ、まったく。幻覚よ。やめてよ。変な事を言い出すのは」声を荒らげてしまった。

 

 

 「○○子は何も分かっていない。ぼくがやられたと言っているのだから。ぼくが証人だ。余計なことを言うな」

 

  まったく。元々分からず屋の頑固親父なのに、頭の中身まで壊れてしまったらどうしよう。

 

  今度は、「ベッドに手を縛られて、取ってくれと言ったらお金をくれたら取ってあげる、と言われた」と言い出した。

 

  もう信じられない。父はまだ集中治療室にいるのだ。看護師さんからは「金目の物は持って帰って下さい。ここは完全看護でやっていますから心配しないて下さい」と言われていた。その看護師さんがお金を出せなんて言うはずはない。それなのに、母まで、「お父さんの言っていることは満更嘘ではないような気がする。警察や病院だって最近はおかしな話が多いじゃない。看護師何するか分からないわよ」と言い出す。

 

  

  母はいつも、父の訳の分からない理屈に惑わされて同調してしまう。二人とも本当に似たり寄ったりの馬鹿夫婦だ。取りあえず先生に相談してみたところ、

 

 

 「入院したり手術をしたりすると環境が変ったことにより被害妄想に陥りやすくなるので、幻覚を見やすくなっているのは確かです。しかし術後のCTを診るとこのように脳の位置はすっかり元通りになっているので問題はないでしょう。ただ手術前後の記憶はなくなっているかもしれません。家族が分からなくなる人もいるので、お父さんは良い方向に向かっていると思います」と言われた。

 

  CTの画像を見ると先生が言われたとおり、父の脳は奇麗に左右対称になっていた。まあしょうがないかと思い直すことにした。母と私は毎日車で病院まで通った。父は毎日下着を汚し毎日のように病院のランドリーで洗濯した。