30.お手上げ状態のまま過ぎていく

 

 

 今度は介護用のベッドが気に入らないと言い出したのだ。それはさすがに皆で反対した。

 

 ベッドが有るから食事の時など背中を起こしてあげることもできるのだし、無理にでも座らせることができるのだ。移動式のお風呂だって、3~4人位の人で入れるとしてもベッドがなければ寝床からバスタブに父を入れるのはもっと大変になると思う。現在、父の身体はベッドのお陰で同じ位置で寝なくて済むので、一番のリハビリになっているといっても過言ではないと思う。それこそベッドなしでは本当に寝たきりになってしまう。

 

 

 そのくせ父は頭の中で「歩く」という事にだけに執着している。どうしてその事だけが大切だと考えるのか不思議でならなかった。ケアマネージャーのKさんが、「少なくても1時間以上座って居られるようになればデイサービスも復帰出来るかも」と、言っていたのを思い出し、父に座る練習をするためにはベッドがいかに必要不可欠かを言って聞かせたがなかなか娘の提案を素直に受け入れる状態ではなかった。

 

 

 歩けなくても車椅子に座れれば移動出来るのに、なぜ分からないのか。しょうがないので、またKさんに来てもらって説得してもらうことにした。ケアマネージャーのKさんには本当に一番お世話になった。娘の言う事は聞きたくなくても、やはり他人の言う事は多少なりとも聞いてくれるからだ。Kさんはその話のために何回も通って来てくれた。本当に父は強情で頑固ものだ。

 

 私の頭の中では、父は怒ると怖いものの普段は穏やかでやさしい人だと思っていた。そのイメージは一緒に住めば住むほどガタガタに崩れていった。

 

 

 皆の説得でやっとベッドに寝てくれることになった。一安心もつかの間、歯医者に行きたいとか皮膚科に行きたいとか整形外科に行きたいとか毎日のように病院通いを強硬に要求するようになる。

 

 少し長めに座ることが出来るようになったからかも知れない。Kさんに相談したところ、家族の顔ばかり見るよりも他人が少し介入した方がよいと言われた。週に2回ほど1時間だけヘルパーさんに車椅子での散歩をしてもらうことにした。

 

 父は太ってはいないが体重が有る方なので、女性では支えられないだろうと言うことで男性の人をお願いした。母も女性ではいやだったようだ。父は女癖も悪いのか。どちらにしても性格はよい方ではない。性格というか周りの状況や人の気持ちの分からない人だ。

 

  紹介されたMさんは少し年輩だが温厚でとても感じがよい人だった。父のプライドを傷つけず「殿様」のように扱ってくれたので父もかなり気に入っていたようだった。結局Mさんは父が死ぬまで来てくれていた。少しずつだが父の機嫌もよくなってきた。父の頑張りも手伝って、酸素吸入をしたまま支えて上げればトイレ位までは歩けるようになった。父の寝ている所から小股で十歩も歩けばトイレに行けるので、酸素の管を長くしてもらい行動範囲を広げていった。

 

  今度は何を勘違いしたのか。父は酸素無しでも居られるように訓練すると言い出したのだ。さすがにそれは先生の承諾が無ければ出来ないと病院に連れて行った。