25.がんばれ父ちゃん

 

 こうして父の化学療法が始まった。1日目は何の変化もなく終った。そして3日目の昼から熱が出始めた。

 

  夜になると39度を超えそうな熱である。母と一緒に父のそばにいた。父は苦しいのか目をパチクリしながら、「あぁー。うぅー」などとうなっている。S先生も心配そうだった。

 

 「やっぱり○○さんにはこの治療は無理だったかもしれない。このままでは明日の点滴はストップしないといけないかもしれないですね。」

 

 「そぅ、そうですか。」やっと声が出た。「父はこれからどうなるのですか」

 

 「このままでは命が危ないので、とりあえず明日の点滴はストップします。熱が下がってからまた考えましょう。もう化学療法は無理かも知れません」

 

 「宜しくお願いします」

 

  ジェットコースターに乗っているように気持ちが上がったり下がったりで落ち着かない。そんな私をなだめるようにS先生が言った。

 

 「他にも治療の可能性はあります。○○さんは胃のリンパ腫ですから、ピロリ菌を削除するとか、最悪の場合手術するとかね。まだ方法はあります。今の時点では解熱が第一です」

 

 

 「はい」そんな心配がうそのように父の熱は2日後にはすっかり下がっていた。病室に行くと父はもうペラペラしゃべり始めていた。

 

 「あっ、○○子、よい所に来た。昨日の夜は39度だよ。もう、駄目かと思ったよ。熱が39度もあったのに。なんで見舞いに来ないのだ。苦しかった」

 

 「何言っているの。ずーとお母さんとそばにいたのよ。S先生だって心配してくれて、一生懸命治療してくれたのよ」

 

 「そうか。それは大変だったな」

 

 「なに人ごとみたいに言っているの。全く」

 

 「今日はすごく気分が良い。もう峠を越したのかな」

 

 「何言っているの。まだまだ治療しなくてはいけないのよ。頑張ってよ」

 

 「そうか」

 

  父は一命を取りとめたのだが、まだまだこれからどうなるのか分からないのに、何のんきな事言っているのだろう。しかし、自分の病気を知らないから父は気楽でいられる。とりあえずはこれで良かったと思った。

 

 それから2週間ほど経ち父の顔色もだんだん良くなってきた。まだ食事は出来ず、栄養を点滴していた。父の病室に行くとかなりの確率でS先生が病室を診に来るのと重なる。S先生も心配してくれているのだろう。しかし、父に病名のことなど内緒にしているので、病室では色々聞き出せなかった。先生が「では、ナースステーションでお話を」とおっしゃるので、父はいつも不満そうにしていた。

 

  先生から「胃カメラの検査の結果、たった一度の、それも極少量の治療で、胃のリンパ腫の増殖が止まって来ています。少しずつリンパ腫も小さくなっています。もう少し小さくなればお食事を再開しましょう」と聞かされた。

 

  父の恐るべき生命力には先生も私もびっくりさせられた。