23.これしかない 治療の選択?

 

 

 「少し考えさせて下さい。父の性格から考えると告知すると逆効果になるのではないかと思います」

 

 

 母が「主人は性格悪くてね。いつも私達の手を煩わせて平気なのだから性質が悪いの。ああいうのが長生きするのだからおかしいわよね」

 

 

 「お母さん、今そんな話をしていないの。口出さないで黙っていてよ。お願いだから」

 

 

 母はその場の空気を読まずにいきなり自分の考えを言いだすので参る。先生もびっくりしていた。

 

 

 「すいません。母は直ぐ話が外れてしまうので」

 

 

 「あぁー。いいですよ。では先程の続きですが、苦しくつらい治療をするのは本人です。○○さんの認識なしでそんな治療は無理だと思いますよ」

 

 

 「苦しいというのは副作用ですか。そんなに大変なのですか。どんな副作用があるのですか」

 

 

 「副作用は人それぞれですが髪の毛はほとんどの人が抜けます。身体中に毛虫がはっているようだという人もいますし、副作用があまり出ない人もいます。しかし、大なり小なり身体の変化を訴えます。癌細胞を殺す位の薬ですから良い細胞も壊れてしまうことがあり得る。それに、本人には自分の身体のことを知る権利があります。現在では告知はご本人の当たり前の権利です」

 

 

 「でも父に告知すると治療を拒むかもしれません。友人、知人が癌で亡くなった人が多いせいか、父の頭の中では、癌イコール死という方程式が出来上がっているのです。告知が必ずしも良い結果になるとは思えません。それに延命だけのためなんて言ったらどんな反応をするか全然読めません」

 

 

 「まあ、勿論ご本人には寛解のための治療だという事は明確にお伝えします。本人に治療の目的を持たせなくてはいけませんから」

 

 

 「すいません。もう少しだけ考えさせて下さい」

 

 

 その日は母と二人で肩を落としながら帰った。何だか長い日だった。

 

父は悪運の強い人だ。脳の手術もうまくいったし、前立腺癌の時は手術をしなかったが、月1回の女性ホルモン注射をして何とか治まっている。

 

  今回はそんな悪運の良し悪し位では済まないということは分かった。何日かして病院から電話があり、S先生を訪ねた。

 

 

 「早く治療をするようにお勧めします」と先生にいわれて、覚悟を決めた。自分が告知されたらどんな風に考えるだろうかと私は最初からずーっと考えていた。生きていられる期限を知らされる告知は嫌だと思った。まして父の癌イコール死への方程式を変えさせるのは不可能だ。

 

 「はい。化学療法をするしかないのであればお願いします。でも、父にはやはり悪性とか抗癌剤とか言って欲しくありません。私が父に簡単な胃潰瘍ではないので、かなり強い薬を点滴しないと治らない。副作用が出るかもしれないと説明します。先生も同じように説明して下さい。お願いします」