26.また新たな病魔

 

 

 少し経つと、先生から「ご本人が強硬にご自宅に帰りたがっておられます。看護師もかなり手を焼いているようです。このまま胃のリンパ腫が小さくなり、ちゃんと食事が出来れば当初の目的は果たせます、ご自宅で療養されますか。ご本人は今すぐに帰りたいとおっしゃっておられます」

 

 

  やはり病院でもわがままなのだろう。

 

 

 「もう治療はないのですか。食事さえ出来れば大丈夫なのですか」

 

 「確かにピロリ菌の除去もした方が良いですし、今すぐの退院は幾らなんでも無理です。肺の方もかなり弱っていますから、ご自宅に帰られるようでしたら在宅酸素が必要になります。前々から肺気腫とか言われていたらしいですが肺線維症の所見が見られます。間質性肺炎とも呼ばれますが、○○さんの場合は特発性間質性肺炎というものです」

 

 

 「それは、どんな病気ですか。60年も煙草を吸っていましたから、それが原因では」

 

 

 「ひょっとしたら煙草も原因の一つかも知れません。炭鉱の人とか粉じんなどと関わりが有るとも言われてはいますが、この病気も原因は未だ解明されておらず不明です。症状としては肺がどんどん線維化していきスポンジ状になり硬く石灰化していき、肺が機能する場所が段々と狭くなり全く機能しなくなると死んでしまう恐ろしい病気です」

 

 

 「どんな治療をすればよいのですか?」

 

 

 「今の所、治療方法は見つかっていません。ですからなるべく今の状態を維持していくために人工的に酸素を供給して上げるのです。なるべく肺を使う運動は避けて安静を保った方が良いでしょう。年齢的にもたくさんの量の酸素をいきなり入れられませんから」

 

 

 「そんな状態で家に帰って大丈夫ですか?父はあとどれくらい生きられるのですか?」

 

 

 「明確には分かりませんが色々な病気を抱えておられるのでそう長くは。半年持つかどうかというところですから、できるだけご本人のご要望通り早くご自宅に戻られるようにお勧めします」

 

 

 「あぁ、そうですか」かなり複雑な気持ちだったが、そう答えるしかなかった。その旨を母に伝えた。母は診断より父が帰ってくるという事が大変気に入らない様子だった。それもそうだろうと思った。

 

  帰ってくれば父は寝たきりの生活に逆戻りだ。その上に、今度は肺が悪くてリハビリもあまり出来ない。家に帰ってもあまり動かせない。という事は、母が父にずっと付き添わなくてはいけないと思ったのだろう。

 

  父も熱が出て目をパチクリして苦しがっていた時はかわいそうだった。しかし、少し元気を取り戻して頭が動きだすと、色々としゃべりりだすようになる。本当に憎たらしい事しか言わない。たまには「悪いね」とか「世話を掛けるね」とか言えば母だって母性もくすぐられるってものだが、憎まれ口ばかりじゃかわいくないし腹も立つだろう。

 

 

 「私も出来る限り手伝うから。お父さんは長く生きられないかも知れないのだから、家で看てあげようよ。このまま病院に居たって治療する所がなくなれば、病院は療養所じゃないんだから、ずっとは居られないのよ。治療だってお父さんが嫌がれば、先生だってお手上げ状態なのだから」という事で母もしょうがなく納得してくれた。