31.先生助けて

 

 

 病院に頻繁に行くので先生も「退院してから4ケ月ほど経っているので、胃のほうの検査をしましょう」ということで1週間ほど入院することになった。

 

 

 「その時に肺の方の状態も診て見ましょう」と言われた。父が一筋縄では説得が不可能なことを先生もよく知っているので、こちらからあえて何も言わなくても先生の方が気を使ってくれた。

 

  身体はリハビリできるが肺は鍛えれば元に戻るという病気ではない。それでなければ呼吸器の身体障害者一級になる訳がない。先生も生命に関わる事なので慎重に説得しようとしてくれているのだ。

 

  父は本当に色々な人に助けられて生きているのだ。私は年を取ったらとりあえず周りの皆にかわいがってもらえるような素直な愛嬌のある年寄りでありたいと思う。

 

 

  父は検査のために1週間ほど入院した。驚いた事に食道と胃の間の潰瘍は殆ど治りかけていた。まだ少しはアメーバーのように張り付いているが当初の頃の3分の1ほどになっていた。もう食べ物が通らなくなる心配はないように見えた。恐るべき生命力である。

 

 

 「これなら寛解も夢ではないでしょう」と先生にも太鼓判を押された。それに伴い肺の方までは都合よくはいかなかったが、取りあえずいままでのだましだましの治療はしなくてよさそうだ。こんなに病気と闘いながら頑張っている生命力に免じて父のわがままは聞いてあげないといけないと思った。しかし、そう思ったのは一瞬だった。

 

 

 「○○子。もうそろそろ帰るぞ。病院は料理がまずくてかなわない。それより歩行器があればトイレまで歩ける事がわかったよ。帰ったら歩行器を買ってくれ」

 

 

 「えっ。歩行器。そんなのどこで使うのよ」

 

 

 「家で使うに決まっているじゃないか」

 

 

 「家の中では歩行器で動き回ることなんて無理よ。そんなに家が広いわけないでしょう」

 

 

 「これがあればトイレに一人で行けるよ」

 

 

 「ここは病院だから廊下も広いしトイレもフラットで、歩行器もすぐ入るほど広いけど、家ではそうはいかないのよ。お父さんの部屋だって小股で十歩も行かないうちにトイレに座れちゃうのよ。どこでこんなに大きなものを使うのよ。家で使うとしたら杖くらいよ」

 

 

 「○○子は何でもすぐ反対する。ぼくがこの歩行器を気に入ったのだから揃えればいい」

 

 

 「使えない物を買っても邪魔になるだけでしょ」

 

 

 「○○子はうるさい。あれも駄目これも駄目って何にもできないじゃないか」家に大人用の大きな歩行器がやってきたと考えた。ぞーっとした。歩行器は家のトイレのドアの幅より大きい。畳の部屋の襖の幅より大きい。どこをどう考えても無理だ。大袈裟に言えば粗大ゴミが増えるだけだ。これは絶対に却下しなくてはいけない。