32.父の強い執着心

 

 

 父は足の方は弱ってしまいガリガリに細ってしまったが、腕の力は、はいはいをしているせいか。強くなっているようだ。しかし、腕の力を使うと当たり前のように息が上がってしまい苦しそうだった。

 

 

  本当はせっかく胃のリンパ腫の方がよくなったのだから、リハビリもさせて上げたい所だが、肺のことを考えると複雑な思いだった。

 

  狭い家に閉じ込めているより、施設の広い所で酸素を吸いながら歩行器で歩く練習をした方がよいのかも知れないと思ったりもした。

 

 

  父が退院するということで、またケアマネージャーに来てもらう事になった。介護認定の更新のこともあったからだ。座っていられる時間が少し長くなって来たのでデイサービスを復帰させてもらえるかもと言われた。デイサービスでも具合が悪ければベッドもある。

 

  通う時に車椅子に座ってバスに乗れて食事の時に車椅子に座って食べられれば可能性がない訳ではないと言われ、父もそれに向けて座る練習をし始めた。目的を持ち始めると父は本当に頑張り屋だ。

 

  歯を食い縛っても頑張るのだ。しかし、父の腰の骨は曲がっている上に以前の事故の時に腰の圧迫骨折もしているらしく、支える筋肉も弱っているので、同じ体勢でじっとしているのはかなりつらそうだった。私はとにかく肺のことを一番に考えるようにと口を酸っぱくして毎日のように父に言って聞かせた。

 

 

 「リハビリして歩けるようになっても肺が悪くなったのでは死んでしまうのだからね。歩けなくても死なないけど。死んでしまったら何にもならないから」

 

 

 「分かった。○○子はしつこいよ」と声を荒らげるだけで息を切らせて苦しそうな状態になるのだった。やはり、じわじわと肺がむしばまれていっていると感じた。

 

 

  デイサービスは人気があるので予約してから3ケ月はかかるかも知れないと言われて返事待ちの状態だった。母も四六時中、父の顔を見ているのはうんざりという感じだった。ケアマネージャーも最初の頃は父に言って聞かせれば何とかなるくらいに思っていたらしい。父が意固地な頑固親父だった事に驚いてはいたが根気よく親身になってくれたのはうれしかった。

 

 

  父は外出する事に関しては執念に近い感情を抱いていた。驚くことに杖を付きながら立ち上がったりし始めたのである。階段も尻餅を付きながら一段一段、滑り降りるように降りて来るようになったのだ。

 

  赤ちゃんがはいはいしていたかと思ったら立ち上がったような感じだった。まだつかまり歩きまではいかないが、歩きだしそうな勢いだ。しかし、逆に息切れは前より多くなった。あちらを立てればこちらが立たずといったシーソーのような生活だ。

 

 

 私たちの心配をよそに行動範囲が増えれば増えるほど心配も増えてくる。階段を降りてきても一人で階段を上がる事が出来ない上に、座ったままでいることも出来ないし、一階に降りてきても横になれないので廊下でもどこにでも横になってしまう。酸素の管も届かず苦しそうにしているのだ。

 

 階段は降りるのは簡単でも上げる時は母と二人で大騒ぎして2階へ連れてベッドに寝かせるといった状態だ。早くデイサービスを復帰させてくれないと母も私も何も手に付かない。買い物にも行けないのだ。ケァマネージャーに何回も訴えた。