39.頼りは先生だけ

 

 「○○さんに一人でどんどん歩いてよいなどと言った覚えはありませんよ。何かの聞き間違えでしょう。後でちゃんと○○さんにお伝えしておきますよ。今回胃カメラを撮らせて頂きましたが前の状態より良くなってきています。まだ潰瘍が全部なくなった訳ではありませんが、少しずつよくなっているようです。肺の方ですがやはり酸素が必要です。何しろ治療の出来る病気ではないし年齢的なこともある。薬も他の事で色々飲んでいるのでね。難しいね。もう検査は終わったし、退院はいつでもいいですよ」

 

 「はい。私は母の手術に立ち会わなければいけないので、それまで父を病院にいさせてもらえたら有難いのですが」

 

 「それでは退院は来週の月曜日にしましょう」

 

 「はい。月曜日に迎えに来ます。どうぞ宜しくお願いします」と言って私は深く頭を下げた。その後父の所へ行ったら先生も来てくれた。

 

 「○○さん。退院は月曜日ですよ。肺の病気があるからあまり息切のする事は駄目ですよ。リハビリはゆっくり焦らずに。危ないので家の中でやって下さい」と先生が言ってくれた。しかし、父は聞こえていたはずなのに、「今日家に帰れますか。もう歩行器を使えばどんどん歩ける」などと言いはじめた。

 

 「全く何を聞いているのだろう。○○さん聞こえますか。退院は来週の月曜日です。歩行器は段差が有るところでは使えないですよ。それに無理をするとどんどん息苦しくなりますよ。無理は禁物です」と先生は父の耳元で大きな声で言ってくれた。

 

  父はぼけているのか自分の考えしか頭になく、何でも都合のよい方向に聞いてしまうのか。全く扱いづらい。父はきっと今の自分の状態が昔一人で歩けていた時とだぶってしまって、今は一人で歩けないことを認めたくないというか認められないのかも知れない。

 

 先生にお礼とお詫びを言って帰った。何だか長い一日だった。母はあんな状態なのにわがままを言わないのに対し、父の勝手な言動は受け入れがたい。何で二人一緒に倒れるのだろう。私は一人しか居ないのに、一人ずつにしてもらいたいものだ。一人っ子を恨まずにいられなかった。それからの日課は、母の見舞いに行ってから父の見舞いに行くことになった。