44.母が病院を追い出される

 

 先生から「経過は非常に良いです。首と脇の下の腫瘍は完全に消えました。このまま順調にいけば来月の中旬くらいには退院して自宅から通院して治療を行うようになります」

 

 「経過が良いということは余命が2年ということはなくなったのですか」

 

 「いや、それは変わりません」

 

 「通院して治療出来るのですか。点滴はどうするのですか」

 

 「通院の場合は月に2回病院に来て頂いて、1回は点滴をしてもらい白血球の数値が下がる2週間後に血液検査など色々な検査をしてもらうという感じになります。まあ通院される時は1日がかりになりますが、検査時や点滴中は付き添いが必要です」

 

 「一日中ですか」

 

 「はい。外来の場合は看護師が定期的に見回りに行くわけにはいかないので家族の方にお願いしています」

 

 「そうですか。白血球の数値の下がる、生もの禁止の時期はどうしますか」

 

 「生禁の時期は自宅でも同じようにしてもらいます」

 

 「退院するのは本人も喜ぶとは思うのですが、問題が一つあります。家にはもう一人、人手のかかる父がいます。二人を見るだけでも自信がないのに、その上に通院が2回でよいとはいえ、私が丸一日家をあけることは不可能です。デイサービスも3時半には家に帰ってきてしまいます。家に帰るよりはここで治療してもらえればありがたいし、母も快適に過ごせると思いますが」

 

 「××さんは中々他の患者さんとなじまないようです」

 

 「そうですか。私は少しずつなじんで来ていると思っていたのですが。もう一つの問題は家の造りが2階にしか部屋が無いので何かあれば階段を昇り降りしなくてはいけないのです。でも今の母は歩くのも難しいですよね」

 

 「そうですね。まだ足の付け根の方は腫瘍が10個くらいの束になっていますからね。まあ今直ぐに退院というわけではないので考えていて下さい。××さんがここに来られた時と同じような新しい患者さんも、入院待ちをしている人もいますからね。××さんは娘さん一人しかいないのですか」

 

 「はい。一人っ子ですから。こんな時もっと生んでおいてもらえばよかったと思います。しかも両親とも一緒に介護が必要だなんて。一人ずつだったら何とかなるのに。こんなこと言ったら失礼かも知れませんが母より前から入院している人達は元気そうに歩き回っている人がいますよね。あの人達は部屋の主みたいにしていますが母より重いのですか?」

 

 「はい。皆さんにも同じ話をしているのですが、かなりひどく白血球が下がって病院の外に出られない人や付き添いが必要な通院の難しい一人暮らしの人とかかなりの遠方から入院している人もおられますから」

 

 「そうですよね。私たちだけじゃないですよね。事情を抱えているのは。すいません。ごちゃごちゃと、ご託を並べてしまって。何か良い方法を考えてみます」

 

 「お願いします」

 

  参った。何とかしますとは言ったものの、どうしたらよいのだろう。確かに病院には車で15分もあれば着いてしまうし、やりくりして通っているとはいえ毎日見舞いに行っているので暇だと思われたのかも知れない。同じ部屋の人達へ見舞いに来る人達をあまり見かけたことがない。これはひがまれてもしょうがないかもしれないと思った。

 

  どうにかしなくてはと思いながらも良い解決策は見当たらなかった。父は嫌な事は嫌と駄々をこねるが、母は我慢してばかりだ。出来る事なら父をどこかで見てもらっても、母のそばにいて何でもしてあげたい。

 

  現実には口うるさい父の世話が先になってしまう。お正月に両親が二人揃って家にいた時の事がよみがえる。母が苦しそうにしていても母の部屋に行くと父が焼もちを焼くのか必要以上に私を呼ぶのだ。今までは父を介護するためだけに母も私も動いていたのだが、母の具合が悪くなって状況が変わってしまったことに父はまだ理解ができないようだった。母は病気で具合が悪いのだと言い聞かせても、母の悪口を言いだす始末だ。

 

 今の私は二人のことを考えるだけでもストレスがたまりそうだ。母が治療を全て終えて戻ってくるならば大歓迎なのだが、抗癌剤という普通の人でもつらい治療を75歳の母が通院で治療をしなくてはいけないのはどう考えても理不尽としか思えなかった。

 

 現実問題としてベッドを待っている新しい患者さん達のためにも何とかしなくてはいけない。私が頼みに行けるのはケアマネージャーのKさんしかいなかった。Kさんの所に相談に行った。