43.父の乱心

 

 

 歯医者に行きたい、皮膚科に行きたい、整形外科に行きたい。父は相変わらずマイペースで私を振り回してくれた。

 

 デイサービスに行かない日や、1時間しか来ないヘルパーさんが帰った後など外出したがった。見た目はもうヨボヨボなのに気力だけはびっくりするくらいあるのにはいつも驚かされる。

 

 本当なら元気になったと喜ぶべきなのに、そんなことを考える余裕がなかった。

 

 ある日、いつものようにヘルパーさんが来て帰ってから父が騒ぎだした。「消しゴムがない。Mさんが盗んだ」と言いだしたのだ。父の消しゴムは使い古しの小指の爪ほどのもので盗むような代物ではないのだ。

 

 

 「何言っているのよ。あんなもの誰が盗ると言うの。 馬鹿馬鹿しい。どこかに転がっているのよ。やめてよね。変なことを言いだすのは」

 

 

 「何を言うか。あれは僕が使いやすいように常に先がとがるように使っていた消しゴムだ。そういえば前にもボールペンがなくなったことがあった」

 

 

 「また買って来てあげるから。変なこと言って騒がないでよ。Mさんはそんな人ではないし、そんなものを盗っても意味ないでしょう。誰もそんなもの欲しがらないわよ。どこかに有るわよ。あっこんな所に落ちているじゃないの。転がって落ちただけよ。全くもうしょうがないなぁ」

 

 

 「うるさい」

 

 

 「もう2度と変なことを言わないでよ。ましてお父さんのことを親身になってくれる人に対してひどすぎるわよ」

 

 

 「○○子なんか顔も見たくない。あっちに行け」

 

 

 元気にはなったが頭の方は認知症が始まってきたようだ。前から変な不合理な理屈を言ったり夜中に泥棒だと騒いだりした。

 

 その時は寝ぼけていたのだろうくらいにしか思わなかったが、東大卒の父とは思えないほど頭が幼稚になってきている。子供帰りとよく言われるが年を取るということは頭も老化して使えなくなるのだ。

 

 長生きすれば誰にでも訪れる老化に末恐ろしい思いがした。

 

  父のお守りと母の病院を往復する毎日が続いたある日、看護師さんから「経過の報告と今後の治療について先生の方からお話があります」といわれた。